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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)8634号 判決

原告(反訴被告) 上商株式会社

右代表者代表取締役 佐藤積也

右訴訟代理人弁護士 土屋博昭

被告(反訴原告) 株式会社富士銀行

右代表者代表取締役 端田泰三

右訴訟代理人弁護士 竹内洋

主文

一  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

二  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)に対し、金三八四六万八〇〇〇円及び内金三七三八万八〇〇〇円に対する昭和六一年四月一日から昭和六一年一二月三一日まで年六・四パーセント、昭和六二年一月一日から支払済みまで年一四パーセントの各割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じ原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一本訴請求について

一  本訴請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  昭和五九年四月一日に実需原則が撤廃されたこと、その事実が同年初めごろに周知の事実となつていたこと、その後、原告が被告との間で別紙のとおり本件先物取引を行い、その結果、原告が合計六七〇五万九五七一円の損害を被つたことは当事者間に争いがない。

三  原告は、被告が本件先物取引を行わないと通常の営業取引も縮小せざるを得ない旨示唆して原告を脅迫したり、必ず利益が得られるなどと実質的に損失を保証するかのように原告を欺罔したりし、さらに、原告との間に一〇〇〇万ドルの取引枠を設けるなどして、違法に原告を勧誘し、それにより原告は本件先物取引を行うことを余儀なくされたと主張しているので、この点について判断する。

1  原告代表者尋問の結果中には右主張にそう供述があり、また、被告が原告との間に一〇〇〇万ドルの与信枠を設定したことは当事者間に争いがなく、さらに、原告代表者尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、被告の社員柳澤らが原告に対し、実需原則の撤廃に当たつて、相当執拗に先物取引を開始するよう勧めた事実は認められる。

2(一)  そこで、まず、本訴請求原因3(一)(1)及び(3)の事実、即ち、本件先物取引の開始前の原被告間の関係について判断する。

(1) ≪証拠≫及び弁論の全趣旨によれば、被告が原告の主力銀行であつたか否かはともかくとして、原告としては、被告との取引の推移が他行との取引に影響を及ぼす可能性を考慮に入れ、被告との取引が良好に継続できるように注意を払つていたこと、原告は、昭和五九年二月中旬ごろ、中国への輸出取引がかなり増加することが見込まれたため、被告に対してその資金の融資等の営業取引の拡大方を申し入れたことが認められる。

(2) なお、また、原告代表者は、被告は他の銀行に比べ取引条件が厳しく、特に、被告から取引において担保を要求されたり、輸出取引において銀行内の禀議が整わないとして取引を拒絶されたりすることがあつて、原告と被告の取引は円滑にいかない状態で、その取引量は増減を繰り返していた旨供述するが、≪証拠≫によれば、原告と被告の取引は、昭和五三年以降増減を繰り返してきたが昭和五八年六月以降は増加する傾向にあつたこと、原告が昭和五九年初めごろ取引の拡大を希望していた輸出貿易取引は非常に危険の少ない取引であつて、むしろ、被告の方で取引の拡大を望んでいたこと、原告は、被告のほか、大和銀行、東海銀行、三井銀行、城南信用金庫、太陽神戸銀行、東京銀行と取引をしており、被告との取引高は最大時でも金融機関全体の取引高の二〇数パーセントに過ぎなかつたことが認められる。

(3) しかして、右事実からすれば、本件先物取引開始当時における原告と被告との関係は、一方的に被告が優位な立場にあり、常に強い態度で原告との交渉に臨むような状況にはなかつたものといわなければならない。

(二)  次に、本件先物取引を含む外国為替先物取引において被告の果す役割等について検討する。

(1) 同役割に関しては、≪証拠≫によれば、以下のイないしハの事実が認められる。

イ 被告と顧客の間の先物取引における為替相場は、東京外国為替市場(以下「市場」ともいう。)における締結日の為替相場によつて定まつていた。

ロ 被告は、外国為替管理法により、直物と先物を含めて外貨資産残高と外貨負債残高との差額を一定額以内とするようにという規制(以下「持高規制」という。)を受けており、昭和五九年当時、右規制額は八〇〇〇万ドルであつた。

ハ 被告は、顧客と先物取引を行つた際には、直ちに顧客と締結した取引と正反対の取引(以下「カバー取引」という。)を市場との間で行い、先物取引の期日には、顧客及び市場との間でそれぞれの先物取引の履行をしている。

(2) もつとも、右ロ、ハの点につき、≪証拠≫によれば、銀行の為替取引においては、カバー取引を行うばかりでなく、利潤追及のためむしろ進んで外貨資産または外貨負債の持高のいずれかを多くすること(以下「片持ち」という。)が行われていることが認められる。しかしながら、右事実は、単に、銀行が利潤追及の目的から持高規制の枠の中で総体として一定限度の片持ちを行うことがあることを意味するだけであり、≪証拠≫によれば、被告内部においては、どのような片持ちをするかの判断は、本店の資金為替部において、顧客との個々の取引とは無関係に銀行自身の取引として行つていたことが認められるから、右ロ、ハの認定は右事実により何ら左右されるものではない。

また、原告代表者尋問の結果中には、柳澤が、昭和五九年一二月ごろ、原告との取引により被告は利益を得た旨原告代表者にもらしたことがあるとの供述部分が存在する。しかし、仮に右事実が認められたとしても、右尋問の結果によつても、右の発言の趣旨が、原告との取引によつて被告が利益を上げたという趣旨なのか、一般的に先物取引で被告が利益を上げたという趣旨なのか、不明であり、したがつて、前記イないしハの認定は何ら左右されるものではない。

(3) これらの事実によれば、本件先物取引を含む外国為替先物取引は、原告が損失を被つた分だけ被告が利益を上げるという性質のものではなかつたと解される。

(三)(1)  ところで、成立に争いのない甲第二一号証の二の中には、被告は為替のデイーリングは大手都銀の中でも後発組で、追いつけ、追い越せで焦つていた旨の記述があるほか、≪証拠≫によれば、被告のニユーヨーク支店が、昭和五九年四月ごろから七月ごろまでの間に為替取引において合計一一四億円にのぼる欠損を招いたことが認められる。しかしながら、右甲第二一号証の二の記述は、被告以外の大手都市銀行の行員が憶測を述べたものに過ぎず、必ずしも信用性の高くないものであるし、≪証拠≫によれば、被告のニユーヨーク支店で発生した欠損は支店員の規則違反行為に基づくものであるものであると認められることに照らせば、右証拠及び事実をもつて、被告が昭和五九年当時、都市銀行の中では為替取引高が低かつたので、実需原則撤廃後、為替取引高を飛躍的に増大させようと焦つていたとまでは推認することは到底できない。

(2) また、原告代表者尋問の結果によれば、原告が被告に対して、昭和六〇年一、二月ごろ、本件先物取引により被つた損害の賠償を請求したところ、被告丸の内支店の野村副支店長及び上林外国為替課長は、柳澤及び昭和五九年当時の山田外国為替課長を責任を取らせた形で変えたので、納得して欲しい旨述べたことが認められる。しかし、原告代表者尋問の結果によつても、野村副支店長、上林外国為替課長は、被告が原告の担当者を変えた理由について、被告側が、責任を感じているというような言い方をしたわけではなく、担当者も変えたし、それで何とか宥恕してほしいという程度の言い方をしたというのであるから、これは、むしろ、本件先物取引で原告が損害を被つたことについて被告が右のような形で遺憾の意を表明したに過ぎないと考えるのが相当であり、したがつて、この事実をもつて、被告が非を認めたものであるということは到底できない。

(3) また、実需原則が撤廃されるに当たり、被告が原告との間に一〇〇〇万ドルの取引枠を設けたことについては当事者間に争いがない。しかし、≪証拠≫によれば、前記一〇〇〇万ドルの取引枠は、実需原則が撤廃されたため、従前と比べて期日において顧客が決済できなくなる可能性が増大し、その場合には、カバー取引を行つた被告が為替相場の変動に基づくリスクを負うこととなるため、そのリスクを考慮に入れたうえで顧客との取引の適否を判断しなければならないこととなつたが、先物取引は、変動の激しい相場を対象とするので、即時の取引を可能とするために事前に取引枠を設定しておく必要があるため、実需原則の下で先物取引をしていた顧客全部について設定されたものであり、右取引枠の一〇〇〇万ドルという数字は、昭和五九年ころまでの原告と被告の間の貿易に基づく取引高及び当時原告が申し出ていた新たな中国への輸出に関する取引高を勘案し、それに若干の余裕をもたせる額として決定したものであるから、右取引枠が設けられたことをもつて、被告が原告に対し、カラ先物取引を強く勧めていたとの事実を推認させるものということはできない。

3  のみならず、イ 原告代表者尋問の結果によれば、原告代表者自身、本件先物取引を行うに当たつて、為替による投機に魅力を感じていたこと、ロ≪証拠≫によれば、原告は、昭和三四年ごろ設立されて以来、中国向けの鉄鋼製品の輸出、中国からの副原料の輸入等の業務を主に扱つており、右輸出及び輸入取引の裏付けのある外国為替先物取引を行つてきたこと、しかも、原告は、鉄鋼製品の輸出取引を行うに当たり、日本国内の鉄鋼製品製造業者が中国へ製品を輸出するのを商社として仲立ちする場合には、手数料相当額を受け取ることとなつていて、為替変動のリスクを負担していなかつたから先物取引を行う必要はなかつたにもかかわらず、原告は、本件先物取引に先立ち、遅くとも実需原則撤廃以前の昭和五六年ごろから、為替差益を得る目的で先物取引を行つていたことが認められ、したがつて、昭和五九年四月以降の本件先物取引開始当時に原告の有していた先物取引についての知識は、そのリスクに関する知識も含めて相当程度に達していたと解されること、ハ ≪証拠≫によれば、被告は、実需原則撤廃後、顧客においてカラ先物取引を行うことが制度上可能になり、先物取引によるリスクが大きくなるので、その責任を情報の提供等のサービスを行う被告が負わされることを防ぐため、顧客が自己の責任と計算においてのみ被告に対して先物取引を申し込むものとする旨の条項の入つた外国為替先物取引に関する約定書を作成し、各顧客にこれを差し入れさせていたが、昭和五九年四月末ごろ、これを原告方に持参し、原告に依頼して署名押印のうえ被告へ差し入れさせたこと、ニ 原告代表者は尋問において、一方で本件先物取引は、すべて被告の指示のとおりに行つたと供述しながら、他方、具体的に柳澤が原告に対して行つたとされる為替相場の動向についての助言の内容について質問されると、チヤンスのひとつの要素としてアドバイスを受け止めた旨の供述をしていること、ホ ≪証拠≫によれば、原告は、本件先物取引が行われた昭和五九年四月二七日以降、本件先物取引以外に、昭和五九年五月二三日の取引を初めとして同年一二月二七日までの間に計一二回の先物取引を行い、昭和六〇年九月までの間に被告との間で合計七三〇六万八〇〇〇円の差益を得ていること、ヘ ≪証拠≫によれば、原告は、本件先物取引の終了後、遅くとも昭和六三年ごろからは、三井銀行との間でカラ先物取引を行つてきたこと、ト ≪証拠≫によれば、原告は、昭和五九年四月二七日に締結した一五万ドル、同年五月一日に締結した八万二二〇二・三二ドル、同年六月一八日に締結した九〇万ドルのうちの一五万ドルの各取引について、同年六月二九日に決済をした結果、損害を生じたにもかかわらず、昭和五九年七月一二日以降も、同年一二月二七日まで本件先物取引を含めて新たに一一回にわたつて被告との間で先物取引を行つたこと、チ 前記2(二)(3)で認定したとおり、本件先物取引を含む外国為替先物取引自体、顧客である原告が損失を被つた分だけ被告が利益を上げるという性質のものではないこと、リ 前記2(一)(3)で認定したとおり、原被告間においては、通常の取引に関し、必ずしも一方的に被告の方が強い態度で原告との交渉に臨むような状況はなかつたこと、以上の事実が認められる。

しかして、右認定にかかる事実を総合考慮すれば、被告の社員柳澤らにおいて原告に対し、ある程度の執拗さをもつて本件先物取引を開始するよう勧めた形跡が窺えないわけではないが、そのために原告に対し、先物取引により必ず利益を得られるなどと虚言を弄し、または、被告の勧めに応じて本件先物取引を行わなければ原告と被告とのその余の銀行取引に好ましくない影響を及ぼすかのような言動を弄し、執拗かつ強制的にこれをなすよう要求したとまでは到底言い得ないばかりか、かえつて、原告が行つた本件先物取引を含む被告との先物取引の規模、回数等に鑑みるとき、原告は、先物取引により為替差益を得るため、柳澤の勧めを契機として自ら積極的に本件先物取引を行つたものと認めるのが相当である。

四  また、原告は本訴請求原因3(二)(2)の予約期日延長拒絶行為をもつて不法行為を主張しているので、次いで、この点について判断する。

≪証拠≫によれば、そもそも外国為替先物取引における予約期日は、売買契約の履行期日に相当するものであるから、顧客が期日の延期の申し入れをすれば、被告において承諾する義務を負うような性質のものでなく、むしろ、顧客及び被告は、期日には先物取引の履行をする義務を相互に負つているものであることが認められる。もつとも、原告代表者尋問の結果中には、原告において東京銀行、三井銀行、日本銀行等に問い合わせ、調査したところ、銀行が延期を認めないというような決まりはなかつたとか、東京銀行との外国為替先物取引においては原告が履行を強要されたことがないという部分があり、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一七号証中には、昭和五九年四月の実需原則撤廃以来、企業の為替変動対策も機動的に行えるようになり、予約の先送りも自由になつた旨の記述が認められ、原告代表者尋問の結果により成立の認められる甲第一八、一九号証によれば、三井銀行及び太陽神戸銀行において期日変更の手数料を定めた事実が認められる。しかし、≪証拠≫によれば、右各事実及び証拠は、銀行と顧客が同意のうえ期日を延期するのは自由であることを意味することにとどまることが明らかであるから、前記認定を左右するものではない。

そうすると、被告が原告による期日の延長の申し入れを拒絶し、原告に対し期日に履行するよう要求することは、その手段方法が社会的相当性を逸脱するような特段の事情がないかぎり、許容されると解するのが相当であるところ、本件全証拠によつても右のような事情は認められない。

五  してみると、原告の本訴請求のうち、不法行為に基づき三九六七万一五七一円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分は、その余について判断するまでもなく、理由がなく、失当である。

六  本訴請求原因4、これに対する抗弁及び再抗弁の事実について判断する。

本訴請求原因4及びこれに対する抗弁については当事者間に争いがなく、再抗弁1の事実は、本訴請求原因2及び3と同一であるから、右二のとおり、理由がない。そして、被告が原告に対し、昭和六一年一一月二一日に被告主張にかかる貸金二〇〇〇万円を自働債権とし、原告主張の預金債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争いがないから、右預金債権は相殺適状となつた日である昭和六一年六月一八日に消滅している。したがつて、原告の請求のうち、預金契約に基づく預金返還請求及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分はその余の点について判断するまでもなく、理由がなく、失当である。

第二反訴請求について

反訴請求原因事実についてはすべて当事者間に争いがなく、反訴請求原因に対する抗弁は、本訴請求原因4に関する再抗弁と同一であるから、右第一、三のとおり、理由がない。したがつて、被告の反訴請求はいずれも理由がある。

第三結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却し、被告の反訴請求はいずれも理由があるのでこれを認容

(裁判長裁判官 福井厚士 裁判官 川口代志子 後藤健)

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